『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』

2007年 | 読書 No Comments »

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ

10年ほど前に雑誌で、閉鎖的な映画字幕業界に関する記事を読みました。戸田奈津子氏が自分やその取り巻きの人たちだけで大作映画の字幕を独占し、その結果若い翻訳者たちの芽を摘んでいる。という内容だったと思います。

字幕翻訳者落合寿和氏は、自身のブログで業界をテーマパークになぞらえ、その閉鎖性について述べています。

テーマパークのアトラクションに並ぶ行列で1時間待ちとか2時間待ちとか(無限待ちとか、寿命待ちとか)そんな状態でしょうか。私は15年前に、その列に並びました。

何をしても列は短くならず、先頭の方では何度もアトラクションに乗っている人がいるのが見える。気持ちとしては、そんな気持ちです。

その上に能力的には私自身、ただ列に並んでいたのではなく、自分なりに努力してきたつもりなので、「列の順番の進め方が違うぞ~!」と叫びたくなった
(2005年06月29日分より抜粋)

「何度もアトラクションに乗っている人」というのは、おそらく戸田奈津子氏とその取り巻きの人たちのことなのでしょう。10年前に読んだ雑誌の記事を裏付ける内容であり、全く変わってないんだなあと、字幕が無ければ映画を観ることが出来ない一映画ファンとして、少し寂しい気持ちになりました。

さて、この本ですが、朝日新聞のインタビューを読んで面白そうとだと思い購入しました。著者の太田直子氏は、この道20年のベテラン字幕翻訳者だそうです。

内容は、どちらかというと字幕翻訳者から見た日本語論と、著者の仕事に関する愚痴が主な内容のエッセイ集で、期待するようなことは書いてありませんでしたが、歯に衣着せぬ物言いながらも映画に対する誠実な姿勢が伝わってきて、その点では非常に好感が持てました。

しかし本の後半に出てくる、映画『ロード・オブ・ザ・リング』字幕騒動に関する記述には、首を傾げざるを得ません。

たとえば数年前の大ヒット映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの字幕が原作小説ファンによって激しい非難の嵐にさらされたとき、その配給会社の制作部長は映画フィルムを丸々一本捨てる覚悟で、「原作ファンが求める字幕」を打ち込んで見せたそうだ。
私は実際にそれを見ていないのであくまで想像だが、「原作ファンこだわりの字幕」は、おそらく字幕としては最悪のものだっただろう。意訳や要約を許さない原作どおりの字幕は、膨大な字数になったろうし、へたをすると字幕が三行四行にもなって画面を侵食し、しかも全然読み切れなかったのではあるまいか。そんな掟破りの字幕を敢えてフィルムに打ち込んでみせ、その制作部長は原作ファンを説得したそうだ。
(p196)

『ロード・オブ・ザ・リング』の字幕をめぐる騒動については、こちらのサイト、また誤訳に関してはこちらのサイトに詳しくまとめられています。

これらのまとめサイトを見てもらえればわかると思うのですが、原作ファンはなにも「意訳や要約を許さない」「三行四行にもなって画面を侵食」するような字幕を望んでいるわけではありません。おかしい部分を訂正し、翻訳者を変えて欲しいと言っているに過ぎません。筆者の発言は言い掛かりとしか思えません。

さらに著者はこの後、「原作を熟知したファンの細かな用語的こだわりには、はっきりいってつきあっていられない」とし、「物語を細部まで熟知しているのなら字幕など読む必要はないではないか」とまで言い放ちます。

確かに、難癖のような指摘も中にはあるとは思いますが、そうでない指摘もたくさんあるわけで、それらに真摯に耳を傾けるのがプロではないかと思うのですが。

しかし不思議なのは、本書の前半部では良い映画のために、可能な限り言葉にこだわって制作会社と戦うことも辞さないという筆者が、『ロード・オブ・ザ・リング』の件になるとヒステリックなまでに原作ファンを貶めていることです。自分が手がけた作品でもないのに。

これは想像になってしまうのですが、『ロード・オブ・ザ・リング』の翻訳を担当したのが戸田奈津子氏だからではないでしょうか。筆者の太田氏にとって戸田奈津子は神様のような存在であり、その神様をけなす奴等は許さない! という思いが高じてしまったのではないかと。もしくは保身のためかもしれません。

そもそもこのエピソード自体が、読めば読むほど本当にあったことなのか怪しいんですよね。だって、いくら非難の嵐だからといって、配給会社の制作部長が字幕を作ることなんてあるんでしょうか? そして誰にそれを見せたのでしょう? その字幕の付いた作品はどこへ行ったのでしょう?  

ちなみに今回、『ロード・オブ・ザ・リング』騒動に関することが書かれたサイトを片っ端から読みましたが、本書に書かれたようなエピソードは一切見つかりませんでした。

筆者は最後のほうで、戸田奈津子氏の言葉を引用し、字幕の理想は「透明な字幕」だ。と言っていますが、まさにそのとおりだと思います。しかし現状は暗そうだなというのがぼくの印象です。洋画は字幕派なぼくですが、好きな映画は吹き替えでも見直さないといけないと思う今日この頃です。

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